陸奥本サンプルページです。

表紙見本


本文サンプルは以下よりどうぞ
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 すると今度は彼女の美しい指先が彼の視界へと侵入をはじめた。細長く白いそれはグラスを壊れ物を扱うようなやさしさで持ちあげ、そのまま薄い唇へ運んでいく。ごくり、と飲み込まれたとろとろの透明な液体は、陸奥の口内をじわりと湿らせ、体内へと吸収されていった。
「あんたは酒が好きかい?」
「‥酒は好いちょる。じゃけど、酔うのは好かん」
「おいおい、酔うのが楽しいんじゃねーか」
 銀時は笑い、再び酒を口に運んだ。おとなたちだけに許された、あまくて、やさしい、さみしい液体。彼はいつか、自分がその液体で満たされてしまえばいいと考えている。

P6-7 「からだ」...銀時と陸奥 なぎこ

























 蚊帳のすそを持ち上げて顔を覗かせるなり、陸奥は、はあとため息をついた。
「おまんのその着物、どうにかならんのか」
 いきなりとんだご挨拶、と高杉は億劫そうに身を起こした。
「どうにかたァなんだ」
「不吉じゃ」
「どこが」
 もとよりそれの何が悪いのだと思いながら、自分の体を見下ろす。お馴染みの、赤紫地に舞う黄金の胡蝶。
 その蝶がいけないのだと陸奥はいやな顔で言った。

P12 「女か虎か」...高杉と陸奥 モユク

























 すらり、と白い線が黒板の上で踊る。白い線は交わり、重なり合って、ひとつの絵へと進化をとげていく。
「何をかいちゅう」
「海の絵よ」
 あやめは陸奥へ気をとめることもせず、ひたすら腕を動かす。チョークでかいた線たちと、踊るように。
 指先はしろくよごれ、制服にも粉がかかっている。おちないだろうなあ、などと思いながら陸奥は頬杖をつき、声をかけることをやめた。

P19-20 「Simple and Clean」...陸奥と女の子たち(3Z) なぎこ

























「元は、地獄だそうだ」
 高杉はさらりと言って、酒を舐めた。
 舌の赤さに目を奪われながらも、は、と陸奥は訊き返す。
「この船、前は女郎部屋代わりに使ってたって言ってなァ。客引き込めば川を下るまでしっぽりってわけだ」
「前…」
「天人が来る前の話さ」
 陸奥は曖昧に頷き、すわりの悪い心地のまま周りを見渡した。
 ずいぶんな年代ものだとは乗り込んだときから思っていたが、言われてみればそこかしこに、特有のすえた匂いがしなくもない。
「船ってなァ逃げ出せねェからな」

P25-26 「thorn」...高杉と陸奥 モユク

























 はい、できました、とそよが後ろでにこにこした。
 鏡に映る見慣れない自分の姿を、陸奥はぎこちなく、しかし興味深げに覗き込む。
「あら、いいわね」
 妙が感心すると、そよは嬉しそうに「でしょう」と答えた。
「陸奥さんは髪の色が明るいから、そういうふうにまとめても軽やかですよね」
 口をはさんだ山崎を、あれま、とひやかしたのは隣にいた沖田だ。
「具体的に褒めるのはムッツリの証拠だぜ」
「え、いや違いますよ、違いますからね」
 と、山崎が懸命にアピールしたい相手が自分だとは気づかないそよは、「土方さんはいかがですか?」と、隣の男に話しかけた。

P34 「17ans」...オムニバス(3Z) モユク

























「お前、たまに似てるアル」
「たま?」
「ババアのところにいるメイドのことヨ。からだが、清潔なかたちをしているところなんかとてもよく似てるネ」
 足をぷらぷらと動かしながら、少女はつぶやく。同時に、だんだんと薄くなり始めた影も地面で揺れた。神楽がそれを発見すると、おもしろいものを見つけた赤子のように、しつこいほど同じ作業を繰り返している。
 言葉をかえそうとしたのだが、夢中になっているようなので陸奥は何も言わなかった。もしかしたらもともと、ひとりごとだったのかもしれない。

P39-40 「home sweet home」...神楽と陸奥 なぎこ

























「陸奥もいよいよ十八になりおった」
 パッパ、と簡単に手を払ったあと、坂本は陸奥の頭をなでた。ぐしゃぐしゃと、髪の毛が乱れるほどの勢いと、それでいて彼しかもてない優しさをそなえて。
「おんしらはすぐに大きくなってしまう」
 サングラスをはずした坂本のひとみは宇宙のようだと、高杉もそして陸奥さえも思う。近くにいるようで、ほんとうは、ものすごく遠いところにいる存在。
「その分おまんも年とってるろー」
「坂本はおっさんになる一方だけどな」
 こどもたちは、そういう、差しさわりのないことしか返せない。返せないのではなく、坂本が返すことを許さないのだ。彼にはそういう、ふんわりと彼らをとりかこむような威圧感がある。
「わしはもう、十七の陸奥が恋しいぜよ」

P44-45 「7月7日 晴れ」...坂本と高杉と陸奥(3Z) なぎこ

























「奥州のほうは、ひどいらしいぜ」
 文の始末をつけ、はやばやと寝床へもぐりこんだ高杉は、仰向けに身体を落ち着けながらそう言った。汚れた衣服の代わりに羽織った襦袢が、動くたびにさらさらと音を立てた。
 陸奥は文机に向かったまま、「そうか」とだけ応じる。目を上げる気配がしたが、筆を止めはしなかった。
「そこかしこに血の海ができて、まるで人形と見紛うくらいに屍体がつみあがってるそうだ」
 試すように、高杉は畳みかける。
「いっとう悲惨なのは、ガキどもまでが駆り出されて徒党組まされてるってな。当然皆、討ち死にだ」

P51-52 「このよ」...高杉と陸奥(パロディ/幕末設定) モユク

























「何を考えちょった?」
 旧友が帰宅したあとの、淋しさと安堵感でゆれている陸奥に、坂本はやさしく尋ねた。彼のやさしさは、いつだって陸奥を孤独にする。
 何も、と、こぼれおちるようにつぶやく。そうか、と言って坂本はサングラスを外す。
 ふたりは常に、同じ場所にいるようで対極の位置に立っていた。隣にいたとしても、上ばかりを見上げる坂本に対して、陸奥は下ばかり見つめている。
 彼らは決してふれあおうとしない。それはつまり、そういうことなのだ。

P63-64 「救済」...坂本と陸奥 なぎこ